忙しい毎日の中で心がほっと優しくなれる時間を持ちたい!2006年9月偶然な大道芸との出逢いが沢山の出逢いと笑顔を分けてくれました。 ニコニコパワーで私は頑張る!!
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--年--月--日 (--) | 編集 |
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2009年12月31日 (木) | 編集 |
いよいよ・・今年も今日1日となりました。

ブログも更新できないまま、とうとうこの日を迎えてしまいました。

正しく言えば、途中まで編集して保存してあるものがあるのですが
この年末にきてUPする気力が無くなってしまいました。

実は以前からこちらのブログでもたびたびご報告してしていたと思うのですが

愛猫シードが29日朝未明虹の橋へと旅立ちました。

心筋症と診断されてから1年以上も懸命に生きてくれました。

22日の早朝に発作を起こし病院へ
その後、1週間以上も頑張ってくれました。

今回で3回目の発作、血栓のつまりによる四肢の麻痺。

今年の3月の発作では両後ろ足が完全麻痺して
1週間以上の入院、退院後も毎日2回病院に通院しました。

両足の麻痺は残るもののと覚悟してしていましたが
薄紙をはがすように状態はよくなり、時間はかなりかかりましたが
麻痺は回復し、普通に歩いたり走ったりジャンプしたり
通常の暮らしが出来るようになりました。

毎日の投薬、サプリの投与は欠かすことはありませんでしたが
9ヶ月も間発作はおこしていませんでした。

朝の発作だったので直ぐ気づくことができましたので
急いで病院に。すぐ入院して処置が始まりました。

シードの意識もしっかりしていたし
腎臓の機能数値も正常、肺水腫もおこしてなかったので
今回も希望を持って治療していました。

今回の麻痺は左後ろ足と左前足に出ている状態でした。

毎日午前中に面会に行きましたが入院した翌日は
ゴロゴロと喉をならしお返事もしてくれました。

それでも途中呼吸が変化して
酸素室に入るようになり、1度だけ利尿剤も投与されました。

体温も36度台と低めだったため保温が出来る環境も作っていただけていたようでした。

食事を全くとらないため、自宅からも色々ともっていってもいました。

酸素室と利尿剤で呼吸も落ち着き、体温も38度台にキープ
ご飯は食べないもののおちついている様子でした。

26日の面会では若干お鼻のつまりが見られました。
若い先生のお話によると乾燥によるものだと説明がありました。

入院して6日目の27日、弁天ドンがお休みだったため、二人で面会に。

診察台の上のシードは様子が少し変だとすぐ感じました。


鼻は完全に塞がり、膿のような黄ばんだ鼻水で息を口でしているような状態でした。


目は大きく見開き苦しそうな表情でした。

私たちは今までも沢山の動物達と接していますし、容態が良くないことは
その表情を見ただけで解るんです。

シードの鼻の状態にについては若い先生が相変わらず乾燥とおしゃる。

ただの乾燥で黄ばんだ鼻水で鼻が塞がるはずはありません。
完全に感染症をおこしています。
呼吸は落ち着いているというものの、鼻で息が吸えない為、大きく複式呼吸のように
なっていて身体の置き場も無いような苦痛がシードの様子から解りました。


この日、院長先生は出張で不在ということ。

このような症状が出ていながら抗生剤の投与もされてない事に驚きました。

院長先生に連絡をとり指示をうけてほしいとお願いしました。

容態について説明を求めても若い先生は何もハッキリしたことを
おしゃることはありませんでしたのでしたし
気の無い返答ばかり・・

病院を出た後も再度連絡をして念を押しました。

そしてこの日はどうしても心配だったので
夕方再度面会に行くことにしました。

診察台のシードはとても穏やかで落ち着いており
小さく喉を鳴らし小さくないて答えてくれましたし
両前足を動かして合図してくれました。

顔つきも凄く穏やかに変わっていました。

院長先生の指示で抗生剤の投与と吸入が行われたため
随分楽になったようでした。

夜間には院長先生も戻られるとの事でしたし容態も落ち着いていたので
ひとまずは安心して家に戻る事ができました。

28日午前、再び病院へ
院長先生のお話では呼吸も体温も落ち着いてるとのこと。

ただ、足の肉球の一部が紫に変色してるため
足の麻痺の回復は難しいかもというお話と
片目の反応が非常に悪いということ。
もしかしたら脳の方にも血栓つまりが認められるかもしれないという
説明でした。

感染症については何の説明もありませんでした。



入院してすでに1週間、
点滴はしているものの食べ物を口にしていないシード
今後の治療としては溶解剤を1日2回、投与しながら心臓のお薬を投与していくとのこと。

シードのストレスを考えていつから通院に切り替えられるか相談してみました。

呼吸も安定してるし体温もキープしてるので1度酸素室から出してみて
暖房のみで様子をみて容態に変わりがなければ、明日に退院を考えましょうということに
なりました。

やっと自宅に帰してあげられる、そう信じていました。
今思うえば診察台の上のシードは容態が安定しているというか
反応があまり無かったんです。


29日朝一で迎えにいこうと準備をしている時
自宅の電話が鳴りました。

病院からでした。

朝、未明、シードの容態が急変したらしく
朝既に息を引き取っていたと・・

「えっ!」という言葉しか出てこなく・・
全身の力が抜けて電話を置いた後、その場にしゃがみこみ暫く動くことが出来ませんでした。


それと同時に

「誰も居ない場所で一人ぼっちで逝かせてしまった」と・・

悔やんでも悔やみきれない想いが押し寄せてきました。

こんな事ならもっと早く強引に連れて帰れば良かったと・・

甘えん坊のシードをこんなに寂しく逝かせてしまったと。

いくら後悔しても現実は変える事が出来ません。


どうしても納得できないさよなら。

私がシードにしてあげられた事って・・一体・・


病院の説明では夜間1時頃の様子は落ち着いていたので
朝方急変した様子だということ。それだけ。
はっきりした最後の様子は解りませんでした。

ただ苦しんだ様子は全く認められないということでした。

先生の説明を半分ぼんやり聞きながら
もう、今更何を言う気にもなれず・・

「最善を尽くしていただいての事、結果ですから・・」とだけ。

確かに発作時に直ぐ対応して苦痛を和らげて下さったのは病院ですから
今更何を話してもシードは戻ってきませんから


いまだ自分の中では深い悲しみが渦巻いていて
シードの居ない寝室で眠ることがきつくています。

暮らしの中で突然、胸がしめつけられるような悲しみが押し寄せてきます。


目を覚ましたら全てが夢でシードがいつもみたいに甘えて
我先に擦り寄ってくる姿やふわふわの感触
ずっしりした重みを感じたいの感じられない現状が自分を弱気にさせます。

この日記もUPできない・・UPしないつもりで居たのですが

今の私が出来ることは現状を見つめて
そしてシードの事を記して残すことなのかもしれないと・・

それが何度も大きな発作を起こしながら奇跡を何度も見せてくれた
シードへの「生きてくれてありがとう」のしるしなのかもしれないと。。


きっと天国では足の痛みも無くってちゃんと走れているかな?

そう、きっと。

そう思いたい。

突然のさよならは本当に辛い。
どんなさよならでも結局は後悔するのかもしれない。

病院で出来ることと家庭で出来ることはあまりに違いがあることを今更ながら
思います。

色々とシードが食べれるんじゃないかと思い持って行ったフード類は
ほとんど手付かずのまま返されました。

最後だと解っていたら・・人間側の考えかもしれませんが
病院でなど逝かせたくなかった。

考えてみれば動物は逝く時を選ぶのかもしれません。

私に似てちょっぴり負けず嫌いだったのかな?

一人で凛として旅立っていったのだと思います。

私のお知り合いのところにも
大きな病気を抱えながら闘病してる子が居ます。

そんな子達が奇跡を起こし穏やかな日々を送り
新しい年を迎え・・

優しい時間をいっぱいいっぱい過せること

そんな祈りを飛ばしながら年内最後の日記にしたいと思います。


中途半端になってしまってる日記や
まだUPできてない日記については
気持ち穏やかになってから更新できたらと思っています。

年末にこんな悲しい日記になってしまいましたが
今年お世話になった皆様、ありがとうございました。

最後までお付き合いいただきありがとう。


新しい年が良い年になりますようお祈りしています。









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